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天然イワナの棲む渓
ヤビツ峠
夜中だというのにヤビツ峠は賑やかだ。
峠を攻める走り屋達、峠から夜景を見下ろすカップル達。そして、丹沢で渓流釣りを楽しもうと、四駆をチンタラ転がす迷惑な我々。


日付の変わる真夜中、東名高速道路の秦野中井ICを下りる。
秦野市内からヤビツ峠へ。民家の庭先では、ユキヤナギが白い可憐な花を咲かせているのがわかる。満開のピークは過ぎたものの、峠道は桜のアーチが月明かりに照らされて、幻想的な雰囲気を醸しだしている。
隣に座っているのがカワイイ彼女ならば、「ステキね」「いや、キミの方がもっとステキだよ」などと、いいムードになるところだ。
今日は孝井さんが隣で、モロちゃんが後ろのシートで寝息をたてている。こんな連中じゃ、「竿は」「仕掛けは」なんて会話が関の山だ。まったくよろしくない。
「ナニを言っているのだ。アナタは釣りに来ているのだよ。いいムードとはなんて不謹慎なっ」孝井さんから叱られそうだ。


丹沢山(1567m)を主峰とした丹沢山地は首都圏から手軽なハイキングコースとして知られ、ヤビツ峠をハイキングルートに取り入れたコースが人気を呼んでいる。ヤビツ峠は、神奈川県秦野市の北部に位置し、標高761m。展望台からは秦野市内はもちろん、平塚市や相模湾も一望できる。夜景がとても綺麗で、デートスポットとしても有名だ。
峠を越えて約2q程走ると、左手に湧水の水場がある。有名な『護摩屋敷の水』だ。
昼間は水汲みで大変な賑わいを見せる。とガイドブックで読んだが、真夜中だというのにポリタンクと懐中電灯を手に数人が水汲みの順番を待っていた。
真夜中でも大変な賑わいだった。


境沢は淡々と流れる
相模川水系境沢
布川出会い付近より、林道に入る。
この辺りから上流は管理釣り場になっており、林道沿いの国民宿舎丹澤ホームで入漁を販売している。
林道は丹澤ホームでゲートを管理しており、夜が明けないと開けてくれないので、丹澤ホームの駐車場を借りて仮眠をとった。
福田さんと現地で落ち合う予定になっているが、まだ到着していないようだ。


朝、ゲートが開き、我々は先を急いだ。
福田さんはまだ来ていないようだが、初めての川ではないし、釣り遡っているうちにバッタリ遇うだろうということになった。当クラブのこんないい加減なところが、私は結構好きだ。
1q程走ると、またゲートがある。ここから先は営林署管理なので、ここで車を止め、釣り支度を整え、歩いて釣り場に向かう。
このゲートの谷側に管理釣り場の養魚場があり、数基のプールに渓魚がたくさん泳いでいた。
「釣れなかったらここで釣らせてもらえばいいじゃん」
「我々は自然派指向の渓流釣り師だよ。釣り意外の目的をもっと大事にしなきゃ」
「とか何とか言ってる割りには、釣れないとチクショウ、チクショウって言ってるじゃん」
「それがねぇ、釣り師の悲しいサガなんだよ」
クダラナイ話に華が咲く。


河原に立つホンシュウジカ


ホンシュウジカが林道を横切り、渓へ下っていく。丹沢はシカの保護区になっているため、よくシカに出会う。
孝井さんとモロちゃんは、管理釣り場の区域が終了した辺りから竿を出す。
私は、さらに上流の堰堤を二つ越えた所から竿を出した。
堰堤は多いが、適度な落差のある流れで、大石下や堰堤下をを丹念に探ると、岩魚が出る。
水量は申し分ない。なにより、渓水に濁りがないのが嬉しい。
管理釣り場より上流の堰堤二つまでは、ヤマメを放流している。その先は放流はしていないので、天然の岩魚と出会える。


堰堤上から見下ろした境沢の流れ
落ち込みを丹念に探る
透明度の高い境沢
岩魚に感謝
いくつか堰堤を高巻き、ついに水量が細くなった。
その先にまた堰堤が見える。その堰堤の上から「オーイ、オーイ」と声を掛けられた。
福田さんだった。
私は、一度堰堤の上まで上がり、福田さんと話をした。
先週この川で釣りをした時、暫く釣れなかったが、雪が降り出した途端、バタバタと釣れ出したそうだ。
渓流釣りなんてそんなものだ。ある条件(気温・水温・天気・気圧・水量・水の色・餌ナドナド)が揃うと、さっきまでのタフコンディションがウソのように、バタバタと釣れ出すというケースがある。それは、天気図や長年の経験からある程度読み取れることかもしれないが、そうでない事、例えば想像もつかない何か(これ以上例えようがない)が条件の一つだったりするのではないだろうか。サケ科にしかない感覚も介入してくるだろう。野生の勘でもない限り、すべての条件を読み取ることは不可能に近い。
そんな『自然』を相手に、思考錯誤しながら釣りをする。渓流釣りの醍醐味の一つだ。


上流にあった変な堰堤


時間はまだある。左岸(右側)から支流が流れている。本流より水量はある。
福田さんは、その支流を釣り遡って行った。
私は、福田さんに声を掛けられた堰堤のすぐ下にあった大石下のポイントが、どうも気になり、時間まで粘ってみることにした。


仕掛けを投入すると、目印が大石の下に吸い込まれていく。どうやら、大石の下はエグレているようだ。だとすれば、エグレの下にイワナがいる可能性が高い。
目印を高く移動して、再度仕掛けを投入した。
何度も何度も仕掛けを投入するが、アタリはない。
居ないのか?
それとも、0.3号の仕掛けでは見破られてしまうのだろうか?
前者は認めたくない。絶対に居るはずだ。
私は、仕掛けを0.2号の通し仕掛けに変えてみた。一投目……、二投目……、三投目……きた!やはり居た。しかも重い。竿を立てるが、引きが強烈でなかなか上がって来ない。0.2号ではムリができない。慎重に取り込まなくては――。
私の緊張が一気に高まった。
一瞬、竿が軽くなった。バレたと思った。しかし違った。
逃げ切れないと知ったか、イワナは水面に向かって泳ぎ出したのだ。
「水面上に顔を出させて空気を吸わせてやる。」私は思った。
思惑はうまくいかなかった。水面近くで暴れられて、糸が切れてしまった。
黄色い腹がなんとも印象的な居付きの岩魚だった。
激しい興奮が治まると、渓はすぐに元の静けさを取り戻した。ただ、堰堤から流れ落ちる水音が渓に響くだけである。
残念というより、清々しい気持ちになった。あの強烈な引きを楽しませてくれた岩魚に感謝の気持ちすら湧いてきた。
透き通る渓水に足を浸しながらスバラシイ体験をした一日に感謝し、渓を上がる。
渓脇の森でウグイスが「ホケキョ」と鳴いた。


2001年4月上旬


境沢で釣れた天然の岩魚
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