|HOME
春の訪れを感じて
相模川水系桂川
朝6時に目が覚めた。昨夜降っていた雨は止んでいた。
大月まで夜駆けで3時間。車中で一夜を明かした。
寝袋にくるまって寝たが、やはりこの時期の朝は寒い。寒くて目が覚めてしまったのだ。
山の輪郭が薄っすらと浮かぶ朝もやの中、まだ寝ている体を起こそうと、大きく背伸びをした。山の冷気が体中をめぐる。
渓流のせせらぎが、はやる気持ちに拍車をかける。
「早く釣りたい」
今年初めての渓流釣りに、ここ桂川を選んだ。


今から約10年前、私と岡嶋さんは桂川の鳥沢地区によく釣りに来ていた。
市の総合体育館の駐車場に車を止め、そこから川まで斜面を下る。瀬から淵へ、餌を流せば必ず魚が釣れた。時には尺を越すピンシャンのニジマス、時には尺近いヤマメ、イワナ。我々を満足させるに余りある釣果を得ることができる川だった。
アユのシーズンになると釣り人が殺到する桂川鳥沢地区も、アユのシーズンオフには閑散としていて、当時釣り人を見かけたことはなかった。ここは、私と岡嶋さんの穴場だった。
昨今、渓流釣り師は北志向が強く、北へ北へと釣り場を移動しているように思える。例に漏れず我々もそうで、福島県以北の渓流への釣行が多くなっていた。
そんな中、雑誌で甲斐絹織(かいきおり)の記事を目にした。
「桂川はどうしたろう、変わらぬ流れで渓魚を育んでいるのだろうか」ふと思い、急に行きたくなってしまったのだ。
甲斐絹織は富士北麓、郡内地方の織物の名称で、古くは郡内織とも呼ばれていた。 先染で細糸使いの目の混んだ織物が特徴で、ネクタイやスカーフなどが販売されている。
富士北麓といえば桂川が名高い。富士五湖の山中湖を水源とし、西北岸水口(ヤナ尻)から発して富士山麓の平野部で多量の湧水を飲み、緩やかに流れて富士吉田市を貫流する。
都留市内に入ると右岸から鹿留川を迎え入れ、次に左岸からしゃく流し川を合流、同じく左岸から大播川を、やがて禾生(かせい)で右岸から菅野川、戸沢川、朝日川の流れを一挙に併呑して大月市に達する。ここで笹子川、猿橋下流で葛野川、県境の上野原で鶴川を合流すると相模湖のバックウォーター、これより下流は相模川と名を変える。


釣趣の欠ける釣り大会
透き通った渓水に手をいれる。思ったより温かく感じた。
川原から望む民家の庭先には、梅の花が満開を迎え、山里に春の訪れを感じさせる。
山から顔を出した太陽も、すっかり春の日差しである。
絶好の釣り日よりを予感させる。
岩を跳ぶ私の足取りも軽い。


釣り初めて2時間位経っただろうか、川原に人影が多くなってきた。
何の騒ぎかと近づいてみると、「にせんえん」と声を掛けられた。
今日は、地元のニジマス釣り大会で、参加費2000円。「放流したばかりだから直ぐ釣れるよ」というのだ。
冗談じゃない。遊漁料800円のこの川で、+αを支払って、尾びれの丸いニジマスしか釣れないのでは、渓流釣りに来た甲斐がない。それに、淵に群がる釣り人の多さに、すっかり釣気も失せてしまった。
「僕はここでは釣りをしません」と丁重にお断りして、桂川を後にした。
絶好の釣り日よりが台無しになってしまった。


相模川水系真木川
真木川の流れ


帰るにはまだ時間が早かった。
桂川の支流で釣りをしようと思い、地図をめくって真木川を選んだ。
大月IC.から中央道に乗って帰るのだから、なるべくインターチェンジの近くの川にしようと思った。他には特に理由は無かった。
国道から真木の集落内を通って真木川へ出る。適当に入渓路を探して入渓した。
本流とは違い、水温が低い。北側の斜面には、まだ雪が残っていた。


釣り初めてすぐに漁協のおじさんが遊漁証のチェックに来た。遊漁証を見せ、すぐに帰ると思ったら、暫く私の後ろで私の釣りを見ていた。
「どこからきたの、千葉?」「餌はなに、ブドウ?ミミズ?」「仕掛けは?」「竿は?」まったく鬱陶しい。
無碍にするのも如何かと思い、適当に答えていたら、こちらの気持ちを感じとったのか、「今朝ここから一人入っていったから食いは渋いと思うけど、あの淵も、あの淵も、必ず居るから根気よく粘ったほうがいいよ」と、淵を幾つか指差して教えてくれ、「がんばって釣ってください」と言って去っていた。


確かに食いは渋いが、粘ればヤマメが釣れる。しかし、型が今一小さい。
釣っては放し釣っては放しを繰り返し、堰堤を2基程高巻いて、かろうじて20センチと24センチのヤマメを手にすることができた。


ヤマメ24センチ


堰堤の下、飛散る水飛沫を浴びながら、山の景色を眺めていた。斜面に生える木々は、芽吹きはじめている。
時折、雲間から射す日差しがとても暖かかった。
渓沿いを低空飛行する川ガラスが堰堤の中間辺りにある穴の中へ消えていった。


2003年3月下旬


定番の堰堤
雄、精悍な顔つき
|HOME

Click!